多摩川遡行(河口から源流まで)5/6~5/9

61年度川井先輩から多摩川を河口から源流まで遡行する計画を打ち明けられたのは、去年夏北アルプス縦走を終えた反省会の席でした。多摩川は山梨県笠取山(1953m)南斜面の水干を源流とし、一之瀬川、丹波川の名で奥多摩湖に流れ込み、奥多摩湖から多摩川の名で羽田(東京側)と浮島(川崎側)の間に流れ込む全長138キロメートルの山梨、東京、神奈川を跨ぐ1級河川です。下流域においては東京都と神奈川県の県境としての役割も担う。多摩川が海に流れ込む、その源流となる最初の一滴が落ちる場所を河口から遡るということにロマンを感じました。
また、笠取山には分水嶺があり南側に降った雨は多摩川に、東側は荒川に、西側は富士川に注ぎます。わずか数センチの違いで多摩川、荒川、富士川になる運命が変わってしまうということにも大自然の偉大さを感じました。川井さんの計画に懐かしい忘れかけていたMGWVの本流を感じ、学生時代に戻った感覚でこの多摩川遡行に参加させていただきました。
他に、5/6(土)初日の河口から矢野口まで日大ワンゲルOBの濱崎さん、5/9(火)最終日61年度の本間さんが参加されました。
61年度大久保さんや65年度中津川さん達多くの方々から道中励ましのメールを頂戴しました。

行  程
第一日目;5月6日(土) 遡行距離35km 天気快晴
  (遡行時間 8時間30分)

6:00 JR川崎駅前16番バス乗場に集合     6:15  浮島バスターミナル行乗車
(川井さん、日大OB濱崎さん、中山の3名)
6:30 キングスカイフロント下車、多摩川沿線遊歩道を河口に向けて歩く
7:00 多摩川過河口着、準備体操後 7:15 出発
今日のゴール地点矢野口を目指す。多摩川右岸河口は近代的な大手企業の工場や倉庫などが林立し、一時期の川崎工場群とは全く違った様相を呈している。連休の土曜日とあって多摩川の河原では野球やサッカーなどのゲームを楽しんでいる人達で賑わっている。スポーツゲームを楽しむ人達用にトイレも完備されており、遊歩道からコンビニの看板も見え休憩や昼飯には困らない。ご一緒した濱崎さんは小まめに気の付く方で事前にコーヒーをご用意いただいたり、昼飯時に山の音楽を流してくれたりと演出にこだわってくださいました。濱崎さんも学生時代の夏合宿を思い出すと喜んでおられました。

15:45 大師橋、鹿島田、二子玉川、宿河原を経て矢野口着。
1日参加の濱崎さんとはここでお別れです。ステーションホテルちゃぼにチェックインし、近くのお蕎麦屋さんで夕食。なかなか流行りのお店で店内は混雑していたが店の雰囲気、料理の味ともに初日の晩餐に相応しい内容であった。駅中のスーパーで明日の昼食を調達し部屋に戻る。

第二日目;5月7日(日)遡行距離40km 天気快晴
(遡行時間 9時間40分)

6:15 出発 この日は矢野口から東京側に渡り多摩川の左岸の遊歩道を歩く。
前日の工程と違い沿線にはコンビニらしきお店はなく、前日に昼食を調達して大正解でした。昨日と同じく連休最後の日曜日で河原では野球、サッカー、ラグビーやらまた初めて見るようなスポーツを楽しんでいる皆さんが大勢おり、また沿線遊歩道ではサイクリング、ジョギングをエンジョイしている人達が我々を悠然と抜いて行く。河原での1番人気のスポーツは野球が圧倒的で、中でも少年野球チームで美少女がピッチャーで投げているのはものすごくカッコよくうつりました。野球人気の次はサッカーが続く。途中で自転車に乗ったおばさんに声をかけられ、どこまで行くのか尋ねられた。その方は玉川上水の起点となる羽村取水堰まで行くとの事で、その方の帰り道に再びすれ違い頑張ってくださいと励まされた。ここからは遊歩道があったり、なかったりで道を聞きながら進む。

15:55 立日橋、羽村取水堰を経て青梅着
御岳までの所要時間を道行く人に伺うと電車で20分歩いたら2時間はかかるとのことで、川井さんも私も戦意をなくす。青梅の街と駅には昭和の時代の映画看板が数多く展示されていて、今度ゆっくり見てみたいと思う。
16:29 青梅駅発 青梅線
16:50 御岳駅着
駅前のAヤードという素泊まりの宿にチェックイン。聞くと御岳はラフティングやカヌーをやる人達で人気とのこと。ひと昔前の客層とガラッと変わって若い各種スポーツを楽しむ層が主流。その影響で老舗といわれた名物旅館も次々に廃業し、Aヤードのような素泊まりで食事は駅前のコンビニで済ますという、ある意味合理的な宿が生き残る時代である。夕食は天野屋というやきとり/とんかつ屋で済ませ、
コンビニで翌日の朝食と昼食弁当を買い宿に戻る。

第三日目;5月8日(月)遡行距離34km 天気快晴
(遡行時間 9時間30分)
6:00 御岳発
多摩川沿いの遊歩道を約30分遡る。流れが急でラフティングやカヌーにはもってこいのゲレンデだ。この道には川井玉堂美術館をはじめ美術館が多い。その後青梅街道(国道411号)を行く。この道は青梅マラソンのコースだ。
古里で対岸の吉野街道と合流し、最後のコンビニ前で休憩。
11:18 奥多摩駅を経て奥多摩湖着
途中いくつかのトンネルを過ぎるが二人とも用意したヘッドランプが壊れたが何とか一つを手に持ちトンネルを抜けるが、車道のトンネルをたとえ歩道があったとしても歩いて渡るのはあまり気持ちのいいものではない。この日、合流予定だった同志社ワンゲルOBの武藤さんが体調不良で不参加になったのは正解であった。
峰谷を過ぎた頃にスクーターに乗ったおじさんが近づいてきてバナナを2本黙ってくれました。まさにワンゲルの夏合宿そのものです。よっぽど苦しい表情で二人とも歩いていたのか、自分たちにもわが身を振り返る余裕もなくなっていたが、有難さが身に染みた。
15:30 留裏を経て丹波村入口着
丹波行の最終バスが我々を追い越そうとした。その瞬間、川井さんが思わず手をふり運転手さんが我々に気づき、すぐ先のバス停で待っていてくれた。なんともありがたい話である。運転手さんに聞いた所、歩いたら後1時間はかかると言われ、九死に一生を得た思いで安堵する。
15:45 丹波着
この日の宿、民宿ふるさとにチェックイン。
61年度本間さんが18時頃到着。翌日の作場平まで往復ロードを考えたら本間さんが車でご一緒していただけるのは正に地獄に仏の心境でした。当然のことながら、その晩は3人で大いに盛り上がりました。

第四日目;5月9日(火)遡行距離5.5km 天気予報曇りのち晴れ
(遡行時間 6時間20分)
7:00 丹波発 本間さんの車でおいらん渕、落合橋を経て作場平へ
8:30 作場平発
10:35 ヤブ沢峠、笠取小屋を経て分水嶺(多摩川、荒川、富士川)着
11:30 笠取山着
11:55 水干を経て水が流れる源流に到着

分水嶺は小さい物ですが、ここに降る雨のわずか数センチの違いで、多摩川、荒川、富士川になる。ここは、山梨県なのに「東京都水源管理局」の標識がある。明治43年に東京都が山梨県から水源管理地として購入して以来、東京都が管理している。水道局の管理職員の方のお話によると鹿などの野生動物から木を守る為、無数の木の根から2m程度の高さまで固いプラスチックネットの巻き付けを行っているとのこと。木々の管理をしっかり行い森を守り水源を守っている。人の見えない所でこんな地道な作業が行なわれていることに驚いた。笠取山ピークは分岐から直登30分、かなりきつい登り。その後、水干、源流へ。3人3用に多摩川の最初の一滴を味わう。河口からはるばる138kmの最初の一滴は何とも言えない神秘的なものでした。歩いて来たから余計にそういう思いに囚われたようにも感じた。
14:50 作場平着
本間さんから「完歩達成お祝い」金一封を頂戴する。嬉しかった。その後大菩薩の湯で汗を流し、中央高速にて帰路。
18:45 JR立川駅着
足にマメを作り、連日の暑さで火照った体にむち打ち、何とか踏破した4日間の親爺達の冒険旅行の終わりであった。

 

多摩川遡行(河口から源流まで)5/6~5/9” への2件のコメント

  1. 中山君、お疲れ様でした。。
    夏のような日差しを遮る物のない堰堤歩き、先の先まで目標物が見渡せる多摩川の長さ、足に優しくない舗装路が豆を作る、などなど。弱いもう一人の自分が何年振りかで現れ「もうここらで止めようよ」と囁く。前を歩く中山は、そんなそぶりも見せない。
    一年生の思いで一生懸命ついて行った。
    4日目、やっとの思いで源流に着いた時は、うれしかったよ。
    ありがとう!!

  2. ご両人とも気力あふれる若さですね。
    私もいくつかの分水嶺を歩きました。厳しいところがありました。
    何時でも同行願いたい気持ちはありますが、今は事情があり参加できない状況です。
    いろいろなチャレンジがあるもんだ。また考えておいてください。
    私が参加出来るる時まで待てないだろうね。
          渡部

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