多摩川遡行(河口から源流まで)5/6~5/9

61年度川井先輩から多摩川を河口から源流まで遡行する計画を打ち明けられたのは、去年夏北アルプス縦走を終えた反省会の席でした。多摩川は山梨県笠取山(1953m)南斜面の水干を源流とし、一之瀬川、丹波川の名で奥多摩湖に流れ込み、奥多摩湖から多摩川の名で羽田(東京側)と浮島(川崎側)の間に流れ込む全長138キロメートルの山梨、東京、神奈川を跨ぐ1級河川です。下流域においては東京都と神奈川県の県境としての役割も担う。多摩川が海に流れ込む、その源流となる最初の一滴が落ちる場所を河口から遡るということにロマンを感じました。
また、笠取山には分水嶺があり南側に降った雨は多摩川に、東側は荒川に、西側は富士川に注ぎます。わずか数センチの違いで多摩川、荒川、富士川になる運命が変わってしまうということにも大自然の偉大さを感じました。川井さんの計画に懐かしい忘れかけていたMGWVの本流を感じ、学生時代に戻った感覚でこの多摩川遡行に参加させていただきました。
他に、5/6(土)初日の河口から矢野口まで日大ワンゲルOBの濱崎さん、5/9(火)最終日61年度の本間さんが参加されました。
61年度大久保さんや65年度中津川さん達多くの方々から道中励ましのメールを頂戴しました。
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会社の敷地にニホンカモシカ!

 

山でニホンカモシカを見た方は多いと思います。

自分も南アルプスで見たことがあります。

先日、このニホンカモシカが会社に隣接する森の麓に現れビックリ!

挨拶しようと近寄ったら逃げられてしまいました。

自分が住んでいる磐田市の北にある水窪ダムあたりには、しょっちゅう出没して

るらしいのですが・・

体長は1m位だったかな・・

さすがに健脚 さっと逃げられた・・

同じ場所で4年ほど前に大きな奴を見つけたことがあった・・

 

会社の敷地に遊びに来るお友達たち・・

このほかにもイノシシ、タヌキ、キツネ、ノリスなどの猛禽類、可愛い野鳥たち・・ さながら動物園ですね。

 

 


ひらひら キラキラ 「蝶トンボ」

 

みなさん チョウトンボってご存知ですか。

自分は今の静岡県磐田市に住むようになって初めて見ました。

このチョウトンボ、蝶のようにひらひら飛ぶのでチョウトンボ。

羽はブルーメタリックというか群青色というか、何しろきれい。

光線の具合で見える色がさまざまに変化します。まるでステンドグラスを観るよう。

地域によっては準絶滅危惧種に指定されているとか・・

自宅から車で10分ほどにある「鶴が池」で撮りました。

じっとしてくれないので、なかなかいい写真が撮れない・・まだまだ修行が足りません。

 

第10回笹の会「武尊小舎」で開催

こんなに良い場所ある?

18名張りきって集合

牧場に集合

全員何となく集合

小屋前で

6月20~30日が毎年見ごろです

三合平のレンゲつつじと輝く白樺

参加者;18名
参加校;日大・中央・慶応・明治・明学・青学・同志社 7校
6月23日、24日梅雨時の中、晴天に恵まれ、新宿から三号平らまでマイクロバスで直行。
一昨年から、沼田から時間のかかる椎坂峠を越えなくとも済む新しいトンネル開通のお陰で大幅時間短縮。練馬から三号平らまで実働2時間半と言うところか。
レンゲツツジと白く輝く白樺林に参加者全員感激の声を上げ、小屋に近づくと「綺麗な小屋だね」中に入ると「使いやすそう」「清潔でよく管理されてるね」
各校から高評価で鼻高々!!
歴代山管の皆さんありがとう!!

渕上さん

OB会長である76年度渕上雄二さんの葬儀が過日しめやかに執り行われました。
ワンゲル関係者だけで60人近い方々が参列されました。
更に以前の職場の方・・後輩は公私ともにとてもお世話になったとの事。
地元の野球チームの方・・腰痛持ちばかりでチームネームはコルセッツだそうで、彼が監督兼エースだったようです。
ワンゲル関係者と言ったのは、途中退部された人々とも長年懇意にされていました。そのように多くの方々を愛し、皆に愛されていました。
どうして逝ってしまったのでしょう。悲しいです。彼の事だから、ガンを自分の中に取り込んでしまい、復活すると信じておりました。闘い続け、食事することもままならなくなってもウィダーインゼリー(ゴールドだけがお気に入り)を食する姿は力強ささえ感じました。でも人間には運命というものがあり逆らえなかったのですね。
私達は彼の想いを受け継いで、様々な夢を持って生きてゆきましょう。前へと進んでいくワンゲルそしてOB会を、天国からあの優しい笑顔で応援してくれると思います。
ご冥福をお祈りします。

訃報

OB会会長であられる76年度の渕上雄二さんが5月27日に、ご逝去されました。
(享年62歳)
昨年3月より癌により治療してこられましたが、打ち勝つことはできませんでした。
最後まで、OB会の事を気にかけ、都度意見をいただいておりました。
仲間を失い非常に辛いことではありますが、彼の遺志を継いで残った者も
頑張らねばと思います。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
ご葬儀の詳細は、会員のページでご確認ください。

訃報

59年度の千野哲夫さんが4月17日に、ご逝去されました。(享年76歳)
第8代主将 日本縦断合宿(途中中止)
・1965年~67年助監督(50周年記念誌より)
・73年10月エタックエンジニアリング社(ブランド;ETAC)を創業(61年度川井氏    の勤務する会社と合弁事業)社長就任。同社の事業発展に寄与されました。
謹んでお知らせすると共に、心から哀悼の意を表します。

 

訃報

77年度の白井咲子(旧姓八木)さんが3月13日に、ご逝去されました。
長年患っていましたが、生きるという事に強い執念をもっていらっしゃいました。
立派に闘い続けました。
謹んでご冥福お祈り申し上げます。

「痛さ」で、自分の馬鹿さ加減に気付く

昨年12月5日ギックリ腰発症(既報)、2月17日帯状疱疹ですねという診断を受ける。いずれも生まれて初めての体験であり、それなりに驚き初体験の痛さと生活のしづらさをいやと言うほど味わった。これも後期高齢者への通過儀礼か?針療院の理学療養士も、皮膚科の医師も「疲れ」ですね、という診断。「疲れ?」そんなバカな・・・と聞き流していた。

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